カテゴリ:子育て( 11 )

退化する人間


イギリスBBCの記事。

スカーンパーク学校のケイト・チゾム校長は、子供の送迎の際にパジャマ姿で校門までやって来る保護者が増えていることに気付いた。校内の集会でもパジャマ姿の保護者を見かけるようになった。保護者には生徒たちの手本になってもらいたいため、「保護者の皆さんは、まず顔を洗って着替えてから学校に来てください」と身なりを注意する手紙を書き送ったという。
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何ですか、これは~? 

子供たちが行っていた中学校で、交換留学、までいきませんけど、一週間くらいイギリスの学校の生徒と互いに行きあう体験学習みたいのがありました。で、次女が中学生なりたて時、同じ12歳のイギリスの女の子を我が家で1日預かりました。

こちらの女の子は高校生ぐらいになると、もういっぱしの女で、ギンギンに化粧しています。すでに同棲している子もいたりしますし。でも、中一では、田舎のせいもあるのかもしれませんが、さすがに化粧っ気もなくファッションも普通の恰好。ところがそのイギリスから来た12歳の彼女、朝は登校時間より1時間以上前に起きて、洗面所に閉じこもったまま念入りに化粧をしているのです。もう驚きっ!

聞いてみれば、ちゃんとお化粧してきれいじゃないと仲間外れにされていじめられるのだとか…。(素顔で十分かわいい子でしたけどねぇ)

ええ? イギリスってそんな国だったの?とこれまた絶句。

日本でもいじめはひどいみたいだし、モンスターペアレンツというのもいるみたいだし、フランスの中学も荒れまくっていますし、イギリスも上の記事を読んでもなんかすごそうだし…何だか、人間がどんどん動物化しているというか(←動物さんゴメンナサイ) … 一体世界はどこへ向かおうとしているのでしょう? これがルソーの言うところの「自然に帰れ」の「自然」の意味なのかしら???



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by grandma2675 | 2016-02-07 04:28 | 子育て

誕生日

息子は普通の時期なのですが、娘2人の誕生日は12月後半に集中しており、この時期は、やれ誕生日だクリスマスだ大晦日だ正月だと実に忙しいです。

幼児の頃は誕生日とクリスマスを一緒にやってて、そのうち「あれ?ウチ何か変?」と子供が気づき、子供の希望で各誕生日とクリスマスを別々にやるようになって … で、大人になって別々に生活している最近はまたまたクリスマスと全部一緒になりました。

で、この時期バタバタしているので、いつも誕生日を忘れてしまう。特に私は、結婚記念日だとかそういうのにも無頓着なもので(夫の方がしっかり憶えています) …。

フランス人は、個人主義かと思いきや、結構こういう家族のつながりは強いようで、誕生日など遠くの家族も必ず電話したりするようです。

で、娘たちも親からのお祝いの電話を待っている。…つい忘れてて、他の子供がら「ママ、ちゃんとおめでとうって言った?」って連絡きて、「はっ! やっばいっ!」と大慌てで夕方頃に電話したりして、娘が出たらすぐ「ハッピバスデ―、トゥー、ユーッ!!!」で歌って…「パパ、ママ、ありがとーっ! 朝からず~と待ってたんだよ~っ! 忘れてないよね~?」「忘れてない、忘れてない、忘れてないっ!! クリスマスには来るでしょ~?」って。電話切って、夫と「ふ~っ」と汗ふいて…。

今年も娘二人の最初の方誕生日、忘れてて…というか、我が家は夫もいつも家にいて、言ってみれば「毎日が日曜日」状態であまり日付と関係ない「昨日の続きは今日」みたいな生活をしているので、どうしても気づきづらいというのがありまして。忘れちゃいけん!っとしっかりカレンダーに印してるのですが、そのカレンダーをそんなに見ないもので…。

年末、いっつもそんなことやっています。

ちなみに、子供たちはちゃんと私たち親の誕生日には電話してくれます。






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by grandma2675 | 2015-12-24 23:13 | 子育て

いじめ

長女は全寮制の中学校へ行きました。フランスには全寮制の学校がたくさんあります。

ちょっと特殊な学校で午後はずっと音楽をやるという中学校。

金曜日午後車で迎えに行って月曜日の朝また出かけていきます。事情で一月ほど遅れて入学したのですが、しばらくした金曜日、すごい顔して帰ってきました。「お帰り~」と言っても「ただいま」の声が…。

「どうしたの?」って聞いても「何でもない」って黙ったまま。でも何でもないことは明らかで…。食事した後もムッツリしたまま…「何かあったの?」ってしつこく聞いても「何にもない」 私があんまりしつこく聞いたもんだからキレちゃって「言ったってお母さんには分からないわよっ」って。こっちもつい大声で「分からないって、親に話さなくて誰に話す? 分からなくてもいいから話しなさ~いっ!!!」。そしたら突然大声で椅子に突っ伏して泣き出して。

つまりは一緒にいた友人Aちゃんが突然口をきいてくれなくなったのだとか。フランスの学校も、特に女子はそれなりにグループができているから、Aちゃんは口きいてくれず他のグループにも入れてもらえず…要するにいつもひとり。全寮制だから、食事だって朝昼晩の3回あるし、部屋も4人部屋で、でもそのAちゃんと他の二人がくっついてるから、授業時間も寮での時間も…24時間「いつもひとり」で誰にも口をきいてもらえず、は本当に辛い。

「Aちゃんに冷たくされる心当たりはあるの?」「ない。分からない。『何か悪いことしたのなら謝るから』って言っても無視されるだけ」

で、私は言いました。「分かった。もうね、Aちゃんの機嫌とろうとしちゃだめよ。放っておきなさい。朝の「お早う」とかのあいさつだけして後は無視するのよ。絶対下手に出て顔色伺っちゃダメ。

食事の時ひとりは辛いでしょ? だから食堂にはマンガでも何でもいいから本を持っていきなさい。で、本を読みながら食べるの。本ってのはそういう時のためにあるんだから。だったらひとりでも恥ずかしくないでしょ?」

「でね、見ていてご覧? 絶対Aちゃんの方から言い寄ってくるから。それでね、それでもAちゃんが戻ってこなかったらAちゃんは捨てなさい。自分にはふさわしくなかったんだと思って。Aちゃんがあんたを捨てるんじゃなくて、あんたがAちゃんを捨てるのよ。大丈夫。ちゃんとやっていれば、そのうち必ずいい友達に巡り合えるから。

どうしても辛くなった時は、夜中でも何でもいいから公衆電話から家に電話しなさい。いっくらでも話聞いてあげるから。テレフォンカード持っているわね?」

当時既に中学生もみんな携帯を持ち始めた頃で、携帯持っていなかったのはうちの子たちぐらいでした。

それで月曜日、「何かあったらすぐ電話するのよ。頑張ってね! 行ってらっしゃい」と送り出しました。

口では偉そうなことアドバイスしていましたけど、内心はハラハラ。「これでダメだったらどうしよう」と…。

…その週、電話はかかってきませんでした。金曜日私も「どうなったか」と内心ビクビクして待っていたのですが、迎えに行った夫の車から飛び出してきた娘は満面の笑顔で、「ママの言った通りだった~っ!!!」って飛びついてきました。

私も「良かった~っ」と胸をなでおろし「良かった、良かった。仲直りができて良かった」と喜んで万歳をしていたら、娘が一言「でもね、まだ口きいてやらないんだ。私がどれだけ辛かったかちょっとは思い知ればいいんだ」って。私は「娘、強い!」ってビックリ。自分が学生時代、情けなくもどれだけ周囲の顔色伺って八方美人だったかを知っているので。私だったらすぐヘコへコしていただろうな、と思うので。きっとこの強さは夫の血。

その後他の友人もたくさんできたようで、そのAちゃんとは違う子が今に至るまでの大の親友です。

私ごときが言うのも何なのですが、いじめられていることを子供は親に言えない。親を心配させたくないというのもあるでしょうし、それよりも本人のプライドにかけてそんなのを認めるようなことはできない。

よく「3歳までは子のそばに」と申しますけど、私はそれもそうですが、思春期こそ母は家にいてあげるべきと思っています。家でゆったりしていてあげるべきだと。そして何気ない会話をすることが大切だと。その会話があってこそ、子供の口調のちょっとした異変に気付くことができると。子供は外での嫌なことを直接親に言うことはないと思います。それが重大であればあるほど言わないし、言えない。だから親の方がほんのちょっとの異変をキャッチして、うまい具合に誘導してあげることが大切。子供の方もたぶんそれを待っている…それがお母さんが仕事などで忙しくて、普段のおしゃべりがなければそんな小さな変化に気づけないかもしれないし、また子供がやっとの思いで切り出しても、その時「ご免。今仕事行かなきゃだめだから、帰ってからね」とやってしまうと、話すチャンスを逃した子供はもう二度と言わなくなってしまうでしょう…。そういう小さな積み重ねがどんどん親子の距離を開いていってしまう…親が気づいた時にはもう取り返しのつかないほどの大きな溝が横たわってしまうことも。

それと「頑張って」という言葉だけもよくないと思います。子供は頑張らなきゃいけないのは十分わかっているけど、何をどう頑張ればいいのか分からず途方に暮れているのでしょうから、具体的に具体的に子供と一緒に対処法を考えてあげることが大切かと。押してもダメなら引いてみな、って。その上で「がんばるんだよ」って。

結局解決するのは本人でしかなくて、本人が強くなるしかないのですけど、でも「ここに味方がいるよ」って外で戦う子供に寄り添ってあげることってホントに大切なことだと思います。








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by grandma2675 | 2015-12-11 03:43 | 子育て

子育て

「結婚して、子どもを産んでも仕事を続けたい
でも、子供の預け先が決まらなければ、今までのようには働けない…
そんな不安を持つママやパパ、そしてプレママたちに向けた新バイブルの誕生です!


某保育園関係の本の紹介文。

今時の女性ってそんなに会社で働いていたいのでしょうか?

独身時代や結婚後子供を産んだ後も「家計を助けるため」というのなら分かるのですけど、子供に恵まれて、幸いにしてその子と一緒にいてあげることができる立場にある女性が、まだ小さな子を保育園に預けてまでやり続けたい仕事って、どんな仕事なのでしょう?

私は独身時代OLしてましたが、満員電車で1時間半もかけていかなければならない会社勤めが辛くて空しくて仕方がありませんでした。貿易事務を主にやっていて、昔なので、タイプ打ったりテレックス(!懐かし~っ!)打ったりで、その仕事自体は嫌いではなかったのですけど…。

結婚して山中の村暮らしになって、子供産んで、近場でアルバイトなどもやりましたけど、子供育てながら、子育ての面白さと同時に、大変さ、責任の大きさに改めて愕然とした記憶があります。

だって、ひとりの人間を育て上げるのです。幼い時の時間は限られています。その中で、将来この世知辛い世の中で生きていけるよう、幸せになれるよう躾とかいろいろなことを、親として教え導いていかなければなりません。読む本ひとつとっても、親の考え方次第で選び方も違ってきます。… これは恐ろしいことではないでしょうか? 真っ白な存在を親の色に染め上げてしまう作業なわけで…。今時は箸の持ち方も知らない子がいると聞きますけど、これだって(たぶん)親が知らなかったからちゃんと教えらていなかったわけで…。

何かあれば「育てた親の顔が見てみたい」と言われてしまいますでしょう? 私も相当テキトーなので偉そうなことは全然言えませんで、夫や周囲の人がいてくれたから何とかやってこれたのですけど、それでも、そんな畏れ多くも大切な時を、他人に、保育園の先生に任せっきりにしまってまでもやり続けたい大切な仕事って何なのだろう?と不思議に思います。会社での仕事は、たとえ管理職にしたって、代わりはいくらでもいるでしょう。でも「お母さん」の仕事は世界中で「彼女」にしかできない、取り換えの利かない重要な仕事ですのに。

今では、育児とは、自分の全存在をかけてやる仕事なのだと思っています。子育て当時は知らなかったこと、その後勉強して知ったこと。もしやり直せるのだったらもう一度やり直してみたい。そうしたら当時はただ何となく読み聞かせていた本なども、もっと意識的に選ぶでしょう。次世代を育てる。…これって身震いするほど責任重大なことだと思うのですよね? 

だいたい「育児は育自」とも申しますし、一体どちらが育てられたんだか?というのもあります。大して成長できていない自分がいたりしてため息モンですけど。







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by grandma2675 | 2015-12-02 03:56 | 赤ちゃんの頃

男の子女の子

長女と長男は1歳半しか違わない。

ふたりはよく遊んでいたが、たいていお姉ちゃんのままごと遊びだとかお人形遊びに弟は付き合わされていた。

私は自分が長女でいつも「お姉ちゃんだから」と言われて育ってきたので、それだけは言うまい、「女の子だから」というのも言うまい、と思っており、実際言わなかった。

でもふたりが遊んでいるのを観察していると面白かった。

娘は言われなくてもやっぱり、いわゆる「女の子の遊び」を始める。弟のための怪獣だの何だのがあってもあまり興味を示さない。で、リカちゃん人形などでおままごとを始める。

余談だが、リカちゃん人形は私が子供の時からのがとってあって、一族、従妹中一回りして何世代に渡る微妙に顔の違う何体ものリカちゃん人形がウチに戻ってきていた。

さて、で、弟はそれに付き合わされて、最初は静かに一緒になって遊んでいるのだが、最後は必ず「ドッカーン!」「バッキューン!」とか雄たけびをあげながら手に持ったリカちゃん人形で、ふたりで作った家などを破壊していく。姉の方は「やめてよー」と止めに入り、結局喧嘩になって弟は泣かされていた。

私自身は二人姉妹の姉で、また一族、従妹たちも、女腹というのか女ばかりで、いとこ同士の中でほのかな想いが芽生えたり…などのドラマの予感もなく全然面白くなかった。とにかく、男の子という生き物を間近に見たのは初めてだったので、実に興味深かった。

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」とし、女性らしさは社会的に作られた約束事に過ぎないと主張したのはシモーヌ・ド・ボーヴォワール女史だったが、「何言っとるんじゃい?」と思った。放っておいても女は女に生まれ、男は男に生まれるのだ。(それぞれ男性的要素女性的要素というものも同時に持ち合わせているのだろうけど)

今、フランスでも、というかこちらの方が先進国なんだろうけど、とにかくフェミニズムはすごい。先日ニュースを見ていたら「理系に進む女性が少ないのは、女性が自ら「数字は苦手だ」と思い込んでいるからだ。女性よ、自分を解き放て。そしてもっと理系へ」とか言っていた。笑えた。

しかし少数派だろうけど、やはり異端というのはいて、息子の保育園の友達の男の子は、女の子の服が好きで、七五三も女の子の着物で記念撮影したと、ご両親は言っていた。またこのご両親は(少なくとも表面上は)アッケラカンとしていて息子のありようを受け入れているようだったし、私も「へ~、そ~なんだ~」とか言って別に気にしなかった。息子たちも普通に遊んでいたし。そういう子もいるんだな、くらいで。

今思えば「性同一性障害」だったのかもしれない。当時はそんな言葉なかったけど。



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by grandma2675 | 2015-10-25 04:09 | 赤ちゃんの頃

肌の温かさ

息子が数か月の時、日本での話。

真冬の夜中。

風邪をひいてぐずっていた息子は抱いていると寝ているのだけど、ベビーベッドに移すとすぐ目覚めてぐずりだす。湯たんぽも入れて暖かくしていたのにもかかわらず。

その都度寒い部屋の中で立って息子を抱いている私も寒いし眠いしメチャクチャ辛い。

で、息子を抱いてそのまま布団で眠ることにした。横に寝かすとぐずるので私の身体の上にうつぶせで、しっかりと肌を密着させたまま。私自身は身動きできないけど、それでも布団の中で温かいし、ウトウト眠ることもできたから。(首の座らない赤ちゃんは立って抱くかオンブがいいです)

息子はそのまま朝まで咳ひとつせず熟睡で、翌日は風邪も治り元気いっぱい百人力。

やっぱ肌に密着して体温っていうのが良かったみたい。赤ちゃんは小さくて表面積が狭く、体温を保っていられない。大人と同じ感覚で湯たんぽ入れればいいってもんではないみたい。湯たんぽはまだしも電気行火や電気毛布は熱すぎるし乾燥しすぎるしで更によくない。赤ちゃんは口がきけないし、大人のように自分で湯たんぽを引き寄せたり遠ざけたりできるわけでもない。だから人工的な温度調節はとても難しい。で、行き着くところは一番自然な人肌、人間の体温。お母さんに抱かれていればなおのこと、安心感も温かさも別格でしょう。

これには後日談がありまして。

子供たちが小学生になった頃。フランスでの話。

春先のまだ肌寒いある日、子ネコをもらってきました。子供たちは大喜び。

その夜は小さなダンボール箱に湯たんぽ入れてタオルでくるんで、初めて母ネコから離れての夜だったので、とにかく温かく、できる限りのことはしたつもり。

でも翌朝見たら、もうグッタリしてて首もがっくり、目も白目向いちゃって口も半開きで半死状態。まだ子供たちが起きる前。夫とふたりで「もうダメだ。死んじゃう。どうしよう?」 前日子供たちの喜びようを見ているだけに、その翌日の死というのは…。

で、思い出したのは息子の時のこと。

この白目向いちゃってる子ネコを、私の服の中に抱え込んで、お腹の肉(!)に直接つけて、そのままソファにちょっと前かがみに、ネコを抱き込むように座ってまる一日。こんなの主婦だったからできたこと。もともと怠け体質の私のこと、一日中寝っころがって本読んでいても全然苦にならない性格、りっぱな大義名分ができて、服の中でお腹に子ネコを抱きかかえたまま、ほとんどソファから動かず、本を読んだりしてました。夕食の準備の時などは子供に代わってもらったりしながら。とにかくとにかく人肌で、お腹の肉で(笑)温めまくった。もうカンガルー状態。

考えてみれば前日まで母ネコの中にもぐって寝ていたんだもの。ちょっと離すの早すぎたわけで…。

そして翌日。ものの見事に生き返りました。もう元気いっぱい。子供たちはネコと一緒に走り回って大喜び! 子供たちの泣き顔見ずにすんでホントに良かった。

今飼っているネコはそのネコの子供。あの白目向いてたネコちゃんは無事成長し、子供産んで、年取って … ある日フッと姿を消しました。


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by grandma2675 | 2015-10-16 19:08 | 赤ちゃんの頃

味覚

こどもたちが小さい頃、ある人に言われました。

彼女の子供たちはもう大きくなっていました。

こどもが小さい時お母さんはがんばってお菓子を作って食べさせたりするけど、こどもが大きくなると結局お店で売っているジャンク菓子の方が好きになって手作りを敬遠するようになるから、それまで一生懸命作ってきたことは無駄だったって思うかもしれない。

でもそれは違う。一時、アニメのキャラクターがついていたりするのやTVCMでやっているようなキラキラした派手なお菓子に引かれるけど、その熱が収まれば必ず戻ってくる。

だから丁寧に手作りお菓子(だけでなく料理もですけど)を作ってあげることはちっとも無駄なんかではなく、とても大切なことなんだ、と。

見かけが垢抜けていなくても、やっぱお母さんの手作りの味は、その子の一生の土台となるのですね。



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by grandma2675 | 2015-10-07 03:43 | 赤ちゃんのころ

育児書

今は情報が溢れかえってます。

私の時はネットはまだありませんでしたから、今よりはずっと少なかった。で、育児書。一冊だけ。

もともとズボラってこともありましたけど、それで正解だったと思います。

だって、子供って育児書通りにはいきませんから。

3人育てて、それぞれ全然違う。育児書とも違うし、それぞれお互いにも違う。

育児書は参考程度にして、その都度子供と「対話」しながら臨機応変に。



2番目の息子の思い出。

離乳食は5~6か月頃からといいます。

息子がまだ4か月頃、祖父母も一緒に食事のコタツを囲んでいました。息子は祖母の膝上に抱かれて。で目の前に並んだ食事類を、それはそれはものほしそうにじ~っと見ていました。身を乗り出して見ている。

「ごはん食べたいみたい?」
「まだ早いよ」
「あれあれ、身を乗り出してるよ?」
「大丈夫かなぁ? おかゆをちょっとあげてみようか?」

ということで、ゆるゆるおかゆを作って、おっかなびっくりスプーンで口元へ持っていったら、前のめりになってバクリッ!

「食べた!」

更に身を乗り出している。

「もっとあげてみる?」
「どうしよう。でも育児書には、”一日一口づつ様子見ながら増やしていく”って書いてあるよ?」
「でもほしがってる」
「大丈夫だよ(祖母)」
「ホントかなぁ?いいのかなぁ?」

と恐る恐る二口目。そしたらこれまたバクッと。で、結局子供茶碗一杯のおかゆを平らげてしまいました。それからはもう毎日モリモリモリモリ。毎日3食+ミルク。お食い初めもへったくりもありませんでした。

でもこれって、いつも一緒にいるお母さんだから赤ちゃんからの無言の信号をキャッチできたのですよね? 視線で、テレパシーのように意思が伝わる … やっぱり母親だからこその芸当ですよね。






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by grandma2675 | 2015-09-19 20:14 | 赤ちゃんのころ

こんにちは、赤ちゃん

こんにちは 赤ちゃん あなたの笑顔
こんにちは 赤ちゃん あなたの鳴き声

 その小さな手 つぶらな瞳
 はじめまして  私がママよ

こんにちは 赤ちゃん あなたの命
こんにちは 赤ちゃん あなたも未来に

 この幸せが パパの望みよ
 はじめまして 私がママよ

 二人だけの 愛のしるし
 健やかに美しく 育てと祈る

こんにちは 赤ちゃん お願いがあるの
こんにちは 赤ちゃん 時々はパパと

 ほら 二人だけの 静かな夜を
 つくってほしいの おやすみなさい

  おねがい赤ちゃん おやすみ赤ちゃん
  私がママよ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この唄、昭和34年。

もう20年以上前の話ですけど、知り合いの、当時中学生の女の子が「子供はいらない」とぼそっとつぶやきました。よくよく聞いてみると、どうも学校の性教育で出産シーンのビデオを見たのだとか。男女一緒で。「あんなに苦しむんだったら子供なんてほしくない」と。

私はビックリ仰天。自分の時は、「めしべにおしべが~」みたいのだったので。

今少子化が叫ばれていますが、「赤ちゃんの授かることの素晴らしさ」を教えずに「出産の苦しみ」だけを教えてて、どうして「産みたい」なんて思うでしょう? 今時の性教育は当時よりも更にひどくなっているようですね。

その彼女ももう30歳過ぎ。結婚はしましたが、子供はまだのよう。無意識下でトラウマになってなければいいですけどね。



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by grandma2675 | 2015-09-19 04:05 | 赤ちゃんの頃

陣痛

私はボ~ッとしているせいか、長女の出産にあたって、陣痛を怖いと意識したことは一度もありませんでした。とにかくお腹が苦しく息絶え絶えで、「早く生まれて~っ」とそれだけ。で、陣痛は、やっぱ衝撃的でした(苦笑)。「これ以上の痛さはあるまい」と思うのですけど次の瞬間にはそれ以上の激痛が…っ!

夫はその時一緒にいて、横で涼しい顔して手持無沙汰で雑誌を読んでました。

2番目の長男を産むときは、陣痛が怖くて逃げ場があったら逃げてしまいたかった。痛さを知ってしまったがゆえの臆病風でした。でも陣痛乗り越えずして出産はなし。「く~っ」って感じで、でも時間は長女の時の半分以下。よくできたものです。

3番目になると、腰の奥の方で陣痛が始まるのがかすかに感じられて、その時家庭教師してて生徒のお家にいたんですけどね、遠くから静かに、うずくような痛みが来るのが感じられて、「ああ、生まれようとしている」って分かりました。この生徒の女の子に「今夜生まれるかも」って言ったの憶えています。

陣痛は怖かったですけど、もう開き直り。槍でも鉄砲でも持ってこい、って(笑)。でもう3番目は、あれよあれよ、病院行って2時間も経たないうちに生まれてしまった。看護婦さんの準備が間に合わなかったくらい。(3番目は病院だったので同時間で他の妊婦さんも出産中)



2番目の長男を長女と同じ助産院で産んだ時のお話。

例によって妊婦は私ひとりだったのですが、夜中にドタドタと夫婦が飛び込んできて。奥様の陣痛が始まってご主人が連れてきたのですけど、院とは離れた母屋にいる御産婆さんを呼びに行く時間もなく、勝手知ったる、ってことでバタバタと自分たちで準備してご主人が赤ちゃんを取り上げていました。それから御産婆さんを呼びに行って。私は何が何だかわからず部屋の外で聞こえる音にただ耳を澄ませているだけでしたけど。このお母様、何と6人目! 強っ!

実験したことないだろうにどうして分かるのか知りませんけど、男性はこの痛みには耐えられないのだとか。

女性の身体は強い。

太古の昔から、そうやって女性はいのちを紡いできたのですね。







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by grandma2675 | 2015-09-18 04:03 | 赤ちゃんの頃