カテゴリ:言葉・本・まんが( 9 )

パームシリーズ

予告編1章+本編全10章からなる大長編マンガ。

1983年から始まっていますから、既に30年以上になります。

NYマフィアの御曹司で天才児のマイケル・ネガット、後の名をジェームズ・ブライアン。28歳で亡くなるまでの彼の生涯を描いたマンガ。元医者で探偵業で、ジェームズの上司であるカーターと、ジェームズとつがいの関係で、アフリカでライオンと育った褐色の肌に青い目のアンディと…それぞれの人生が交差して、下宿人のアンジェラ、ジェームズを追い回す殺人鬼サロニー、ジェームズとシンクロしているジョゼなどなどなど…基本シリアスで深刻で切ない物語なのですが、コメディありオカルトありマフィアにCIAにFBI…。

私は最初から読んでいたわけではなく、たまたま見かけた単行本の中の、黒ずくめの男ジェームズ・ブライアンに惚れて全部揃えたという「後読み派」

今ついに最終章「TASK」連載中。

この作者、獣木野生(旧名 伸たまき)、13歳の頃には既にこの構想は出来上がっており、漫画家になりこの物語を描くことが自分の使命と決心し、高校へ進学することは無駄と考え中卒で、…でも結局デビューしたのは7年後とのこと。

もう年代記といえるような物語で、最初のころに出てくる意味不明なカットがずっと後のワンシーンだったりして、かつその言葉がそのままだったりで、本当に初期の段階からすべての絵が出来上がっていたかのようで(実際には多少の矛盾はあったりのようですが) … 他の作家さんがたくさんの作品を描くのと違って、彼女はこの物語だけ。何作か他の作品もあったけど登場人物はほとんどこのパームからとか、とにかくこの物語を描くために生まれてきたよう。100年前からの家族の系図もあって、本当はそれを全部マンガにしたいのだが、それでは自分の方が死んでしまって完成できない、ということで、パーム9「蜘蛛の紋様」第30巻は、何と、前代未聞の、32ページに渡って文章だけで書かれた世代をまたいだ物語から始まります。 

こうなると作者にとって、この物語と現実と、どちらが本当の現実なのだろうと思ってしまいます。彼女、結婚して離婚して息子いて今はお孫さんもいるようですけど。

生まれた時から自分が何者で何をすべきか分かっている人 … 私はそういう人になりたくて憧れて、でも結局自分には何も見つけられなかった人間なので … ホント羨ましく思います。

そんなにめちゃくちゃ売れてるようでもないそうですけど、私のようなコアな読者が一定数確実にいる…男性でも読めると思います。心に響く言葉もあちこちに。物語は佳境に入ってきましたが、これ、今そのもので、ホントに昔から考えてたの?って感じです。

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by grandma2675 | 2016-02-05 07:52 | 言葉・本・まんが

ポーの一族

「ポーの一族」をご紹介して、改めてネットを見ていたら …

どなたかが作ってくれたこんな素敵な動画を見つけました。

長い物語を説明するよりも、これを見るだけでその深さが理解できます。今時のマンガにこのレベルのものがあるでしょうか? 思春期の、若い子に読んでもらいたいマンガのひとつです。

ポーの一族名言集(ニコニコ動画) ← ニコ動は登録しなくてはいけませんが、無料ですので是非。

この名言集にはなかった私の、好き…というより胸が痛かったエドガーの言葉(メリーベルと銀のばら)。


幸福を願っていたのではなかったのか?
… 忘れられる
… それがなぜこんなにつらい…?

それだけ

メリーベルが
ぼくを忘れないで
いてくれる
たったそれだけのことが
こんなにも
失いたくない思いの
すべてだったなんて

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ちなみに、萩尾望都さんが「ポーの一族」描いていた時期って、20歳代前半っ!
ただただ尊敬~。








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by grandma2675 | 2016-02-02 00:04 | 言葉・本・まんが

もう古典ともいえる少女漫画の名作中の名作、萩尾望都女史の「ポーの一族」

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バンパネラ(吸血鬼)、エドガー・アラン・メリーベルたちの数世紀に渡る物語。

読んでたのは一番多感な中学生の時。エドガーの歳を越えて15歳になってしまうのが哀しかった…(赤面)。

萩尾望都は「生まれた時から考えていた」と言わしめた方ですけど、サブカルチャーと言われバカにされていたマンガが小説を超えた時期でした。死ぬことができないバンパネラの物語を通して、生と死、孤独、愛 … 下手な哲学書読むよりずっと考えさせられました。萩尾望都の画力は突出していて、画面から霧に包まれた湿った空気まで感じられました。これでヨーロッパを知ったといってもいいくらい…。


当時怪奇映画が流行っていて、クリストファー・リー主演の「血のウンタラ」だとかそういう吸血鬼映画が何本もありました。それ見るたび不満タラタラ。誰か…誰か「ポーの一族」の美学を映像化してくれる者はいないものか?と。とにかく美女に噛みつくのにいちいち牙をむき出しにするのが耐えられませんでした。

「インタヴュー ウイズ ヴァンパイア」という映画もブラット・ピット主演でありましたけど、あれだった牙に拘ってて…ブラット・ピットだって真っ白な顔で全然美しくなかったし…「何でこう牙に拘るのかなぁ?」と。西洋人にとっては、吸血鬼といえば牙を出すことはお約束なのかしら? つけ歯をしてるから口元が美しくないのですよ。

米国のTVシリーズで吸血鬼ものがあったと思いますけど、あれは観ていません。どうなのでしょう?

で、唯一、許せたのが、デヴィッド・ボウイ、カトリーヌ・ドヌーブ主演の映画「ハンガー」。 これ、何気に豪華キャストなのですよね。で、「ポーの一族」とは全然違うのですけど、「美」「孤独」「愛」…「ポーの一族」を映像で見ることのできない渇きを癒すため、当時何度も映画館に通っていました。すごいファッショナブルな映画。

https://www.youtube.com/watch?v=7a6YFwC2zKA

デヴィッド・ボウイ(69)死去。合掌。

【追加】この記事を書いたので、久しぶりに「ハンガー」についてネットサーフィンしてました。こんな評発見。やっぱ、そうですよね~。同士が見つかった気がして嬉しい♪ この彼、この評書いたの、去年なんですね。

「…(略)… 旧来ハリウッドにおける吸血鬼ってのは基本的には絶対的な敵対者でありメンタル的に人間の延長線上になかったわけだが、70年代からポツポツとこういう発想が出てきて、今では悩める吸血鬼は主流になってしまった。というわけで、当時はこの着想自体がけっこう斬新だった。萩尾先生のおかげで日本人には吸血鬼=耽美という図式はすっかり刷り込まれているけど、世界的に見れば本作はまだその先駆け的なポジションでしょう。…(略)…」







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by grandma2675 | 2016-01-11 19:48 | 言葉・本・まんが

白黒の美

こちらのマンガはBD(ボンデシネ)と呼ばれます。アメリカのコミック、フランスの(と言うより「ベルギーの」?)BD、日本のマンガ。

日本のマンガが、質の悪い紙に白黒印刷され、週刊誌月刊誌と量産され読み捨てられていく運命にあるのと異なり、BDは上質紙にオールカラー印刷されたA4サイズより大きいハードカバー大型本で、値段も高く、作家も年に一作くらいしか描かないよう。何年か前、日本の鉄腕アトムやドラえもんのようにヨーロッパで子供から大人にまで知られている”アステリクスとオベリスク”が何十年ぶりかに発売になって話題になっていましたが、どうなっているのでしょう? 英語圏や仏語圏は世界中に広がっているので、日本国内だけを対象にしている日本のマンガとは版数が桁違いに多く、寡作でも印税だけで食べていけるということなのでしょうか????

それはともかく! BDと日本のマンガの相違点はたくさんあると思いますけど、今回は「色」について。結論。日本のマンガが白黒で良かったっ! 白黒だからこそ出来えた表現があると。

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これは↑「アステリクスとオベリスク」。これに限らず、シリアスBDでもすべてオールカラーです。

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これ↑、日本のマンガ。「ヒカルの碁」 この場面、黒ベタ背景、静寂の闇の中に音もなく現れる佐為(さい)の碁石を持った右手。碁盤に石を置く「コツン」という音まで聞こえてきそうです。… この張り詰めた空気。 よく日本の美は、「引き算の美」と言われます。余計なものをすべて取っ払った潔い美しさ。こんなマンガの一場面にもそれが見て取れます。この緊張感をフルカラーで表現しようとしたら何色を使えばいいのでしょうか?

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こちらは山岸涼子の「日出処の天子」 バックが黒というわけではありませんが、厩戸王子の動きのゾクリとする美しさ。これ、フルカラーにしてしまったら、空気がいっぺんにふにゃらけてしまいますまいか?

カラーは、たまに読者サービスにある程度でちょうど良し、ってとこではないですかね?






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by grandma2675 | 2015-12-06 05:04 | 言葉・本・まんが

おかあさん

私の夫(フランス人)は私のことを「おかあさん」と呼びます。(もちろん日本語の)

これでも若い頃はつっぱってて「私はあなたの母親じゃないのよ。名前で呼んでよ」…と、女性雑誌の受け売りそのまま。でしばらく名前で呼んでくれてましたが結局「おかあさん」に落ち着いてしまう。この言葉の響きが大好きなんですと。こっちも「まあ、いっか~」と。

それから「おかあさん」についていろいろ知りました。

ある神主さん曰く、
「お母さんの「か」という字はどういう意味かというと、すべての命を包み込むという意味なんですね。母親というのはすべてのものを子供に伝えるんですから、母親の体というのは丈夫な子供を産んで育てて、すべて自分の持っている命を子供に伝えるようにできているんです。これが「お母さん」なんですよ。だから、すべてを含んでいるのが「か」なんです。命をくださることがお母さんです」

またある方の説では、
「か」は「カッカと燃える」とか熱いエネルギーの中心。「おかあさん」はその家族の暖かい太陽のような中心の存在なんですね。「おとうさん」はそれに等しい存在。

いずれにしろ日本語の「か」は「カミ」の「か」でもありますしとても大切な音で、「おかあさん」はとても偉大な存在って意味だったのです。(なんでこういうことを学校で教えてくれないのでしょうね?)


私たち日本女性は、相手から見た立場によって「○○ちゃんのおかあさん」になったり「××さんの奥様」なったり呼び方が変わるが、自主性がなさすぎる。独立した個人としての「名前」で呼ばれよう云々…「母」でもなく「妻」でもなくいくつになっても私は「女」云々 … 私が若い頃から既に女性雑誌などでも散々言われ、その洗礼を受けてき、また今も洗脳され続けていると思いますけど、こういう言葉の根源的な意味を知ってしまうと「自分は今までなんと表面的で下らない屁理屈に取りつかれていたのだろう」と… ホント、そういうのに踊らされていた自分のアホさ加減が恥ずかしく。意味を知ってからは「おかあさん」と呼ばれると逆に愛を感じて嬉しい^^ … で、今日まで続いて○十年。

今、ご主人どころか子供までも自分のことをわざわざ名前で呼ばせているお母様もおりますよね? 子供にとって「おかあさん」は世界中でその彼女ただひとりしかいないのに …。

フランスにもおります。というかこちらの方が先なのかな? 小さな子供にママンじゃなくて名前で呼ばせてるの。ちなみにフランス語の母は、ラ・メール。綴りは違いますけど海もラ・メール。ラ・メール(母)の語源は絶対「海」にあると思うのですよね。「イノチ」の源である「ウミ」。こんな素晴らしい言葉を家族に使わせないって。

自分のことを「おかあさん」と呼んでくれる家族がいる。それは天に感謝すべきひとつの奇跡であって、その前では、「私は<オカーサン>じゃないし<オクサン>じゃないし、ケッコンしたってコドモがいたっていくつになったって△△っていう個人で、女として輝き続けるのよっ」…な~んでいう主張は、本人は時代の先端を行っているつもりなんでしょうが、傍から見れば卑屈なエゴイズムにしか思えません。








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by grandma2675 | 2015-11-19 00:54 | 言葉・本・まんが

ジョカヘ


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私14歳の時の作品。大島弓子さんは今でもお描きになっているし、好きな作品はたくさんあるけど、最初にあげるとなれば「ジョカヘ…」かな? 「ミモザ館でつかまえて」もいいし「チビ猫シリーズ」もいいし「バナナブレッドのプティング」だって…単なる学園ものも彼女の手にかかると…。

絵がうまいんだか下手なんだかわからない。下手上手というのだろうか?

女性作家は、ある日自分がもう少女でないことに気づき、少女向けのマンガは描けなくなると言っていた…誰だったかな? この時彼女は何歳だったのだろう? 彼女の対談によるとこの作品は失敗だったのだとか…嫌だ、そんなこと言わないで。

ジョカと幼馴染のシモンのラヴストーリー。シモンは、科学者であるジョカの父親が研究中の薬をジョカの勧めで飲んでしまう。この薬はDNAを男性から女性に変えてしまうものだった。そして悲劇が起こる。

いろんな仏語翻訳マンガが出ているけれど、大島弓子さんの作品は翻訳不可能だろうと思う。日本語の言葉遊びが多いから。またこういう絵はフランス人には受け入れられないんじゃないかとも。

しかし一番多感な思春期に、当時の少女らはこんなマンガを読んでいたのだ。性転換の話。女性と化したシモンの美しさを見よ。

「むとんちゃくな神も
わずかな思いやりは あったのか
ぼくを適当にもようがえされた

金色だった髪を 銀白色に
青かった目を翠緑色に
見よ この3つにも4つにも折りたためそうな
柔軟な身体 細い腕
だれが これをむかしのシモンとわかるだろう
今ぼくは 男であり
同時に女である この世の客の
ソランジュ」
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by grandma2675 | 2015-11-01 04:16 | 言葉・本・まんが

空の色ににている

マンガの単行本は捨てた記憶はないのに、いつのまにかなくなっていることが多い。何回も引越しした折にとか…不思議だけれど。

昔好きだったのになぜか消えてしまったマンガ本…そんなのを、里帰りした時など偶然古本屋で見つけたりすると買うようにしている今日この頃。

内田善美の「空の色ににている」。

私は「え、こんなところにこんな本が!」って100円で買えたのですけど、AMAZONで見たら古本にすごい高値がついててびっくり。

私が18歳くらいの時の作品。彼女の本は全部持っていたはず…なのに全部消えてしまった。「ひぐらしの森」とこの「空の色ににている」が大好きだった。彼女10年くらいしか描いてなかった。「ひぐらしの森」は手元にない(クスン)

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「ひとつの疑問符は
いつも
何かの始まりを
予言していた

それは
昨日とちがう
自分の発見だったり
夢につながる
インスピレーション
だったりする」

彼女の絵は繊細で静謐で透明で、物語の中の主人公(高校生)たちの視線はどこまでもまっすぐで純粋…今時、こんな高校生…いるのだろうか? ちゃんと女子が男子に「さん」づけで「あなた」って。スカートは膝丈よ。

舞台になる高校の校舎は木造で、校内には林がある。

これ読むと思いだす。

私の通っていた高校は女子高で、鉄筋コンクリート校舎だったけど、まだ一部、明治時代の木造校舎と日本庭園が残っていた(現在は記念館になってる)。木造校舎は普通の教室と部活の部室として使われていた。夏など天井から虫が落ちてきたりして大変だった。

当時(今もだが)私は、いわゆるトイレ友達みたいな女同士の付き合いが苦手で、一匹オオカミ的だったけど、実は仲間外れにされるのは怖くて八方美人で、でもそんな自分が大嫌いで自己嫌悪に陥っていた。傍目には飄々として見えてたようだが、学芸会の時など何となくどこかしらのグループに入れてもらってはホッとしていた。

それがそのクラスでの最初の学芸会、ある生徒が、淡々と机と本を持って前へ出て、みんなが黙って見守る中、たったひとりで朗読を始めた。(自分を含めた)他のグループが下手な歌を歌ったり、ふざけた寸劇をしていたのとはまったく空気が違っていた。その時の恥ずかしさと自己嫌悪。その衝撃は今でも憶えている。

彼女は文芸部で、ホントに物知りで、SFとかすっごい詳しくて、私は自分が彼女と対等に話ができるレベルでないと常に恥ずかしく、緊張し、話す時はどうしても構えてしまっていた… 彼女は周囲の顔色伺ったりせず考えを口にし、またそれがユニークだったりしたし、でもだからといって孤立しているわけでもなく…私にとってひとつの理想だった。

そんな彼女から卒業してから手紙をもらった。自分は実は何も知ってなんかいない。空っぽ。××君(彼女は私のことを君付けで呼んでいた)の方がずっと分かっている。そんな内容。彼女も私のことを、私が彼女を見るように見ていたことに驚いた。

そういうのが、明治時代からの木造校舎の中で展開されていたわけで。このマンガのストーリーとは関係ないようで実は重なっている。私にとってだが。つまり、青春というやつ。当時はずっとそういう話のできる友人に飢えていて。このマンガは男女だけど。男とか女とか、そういう性を超えた、魂のつながり。

それから何十年がたって今読み返す。当時はそれですごく悩んでいて、それが全世界であったのだけど、その後心身ともにそんなもんではない苦しみや傷を経験してきた目で読み返す。失ってしまった、もう戻ることのできない透明で純粋でひたむきな美しさがそこにはあって、私にもこんな時代があったよなと懐かしく、切ない。

社会人になった頃彼女と一度電話で話したことがある。彼女は結婚し、一人息子がいると言っていた。洗濯機を回しながら本を読んでいるとも言っていた。彼女らしい…今会ったら、何を話すだろう? 会いたいような気もするし、会わないでこのままの方がいいような気もする。(だいたいどこに住んでいるかも知らないのだが)

今みたくネットも携帯もスマホもTVゲームも何もなく、時間はずっと静かにゆっくり流れていて、でも内心は焦りまくり、図書館で本を借りては読みふけり『存在』について考えたりしていた時代。頭でっかちで、実は何も知ってはおらず空回りしてた青かった時。(ホントは今だって何も知っちゃいないと思うけど)

「空の色ににている」に似ている。







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by grandma2675 | 2015-10-21 03:31 | 言葉・本・まんが

あるおばあさんのお話

あるところに、おばあさんが住んでいました。

おばあさんは段々畑を耕していたのですが、齢と共に辛くなり、少しずつ畑を少なくしていきました。

もう耕さなくなったそれぞれの小さな畑には桜の木を一本ずつ植えていきました。

ある時その下の道を通った旅人が、苗木を植えているおばあさんに訊きました。

「どうして木を植えているのですか?」

「私が死んだ後も、その道を通る人が花を見て喜んでくれたら嬉しいから」





… 確かそんな話だったと思う。こんな風に生きられたら、と思う。

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by grandma2675 | 2015-10-15 05:04 | 言葉・本・まんが

好きなことば

赤子から、肌を離すな

幼児から、手を離すな

少年から、目を離すな

青年から、心を離すな



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by grandma2675 | 2015-09-14 00:44 | 言葉・本・まんが