空の色ににている

マンガの単行本は捨てた記憶はないのに、いつのまにかなくなっていることが多い。何回も引越しした折にとか…不思議だけれど。

昔好きだったのになぜか消えてしまったマンガ本…そんなのを、里帰りした時など偶然古本屋で見つけたりすると買うようにしている今日この頃。

内田善美の「空の色ににている」。

私は「え、こんなところにこんな本が!」って100円で買えたのですけど、AMAZONで見たら古本にすごい高値がついててびっくり。

私が18歳くらいの時の作品。彼女の本は全部持っていたはず…なのに全部消えてしまった。「ひぐらしの森」とこの「空の色ににている」が大好きだった。彼女10年くらいしか描いてなかった。「ひぐらしの森」は手元にない(クスン)

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「ひとつの疑問符は
いつも
何かの始まりを
予言していた

それは
昨日とちがう
自分の発見だったり
夢につながる
インスピレーション
だったりする」

彼女の絵は繊細で静謐で透明で、物語の中の主人公(高校生)たちの視線はどこまでもまっすぐで純粋…今時、こんな高校生…いるのだろうか? ちゃんと女子が男子に「さん」づけで「あなた」って。スカートは膝丈よ。

舞台になる高校の校舎は木造で、校内には林がある。

これ読むと思いだす。

私の通っていた高校は女子高で、鉄筋コンクリート校舎だったけど、まだ一部、明治時代の木造校舎と日本庭園が残っていた(現在は記念館になってる)。木造校舎は普通の教室と部活の部室として使われていた。夏など天井から虫が落ちてきたりして大変だった。

当時(今もだが)私は、いわゆるトイレ友達みたいな女同士の付き合いが苦手で、一匹オオカミ的だったけど、実は仲間外れにされるのは怖くて八方美人で、でもそんな自分が大嫌いで自己嫌悪に陥っていた。傍目には飄々として見えてたようだが、学芸会の時など何となくどこかしらのグループに入れてもらってはホッとしていた。

それがそのクラスでの最初の学芸会、ある生徒が、淡々と机と本を持って前へ出て、みんなが黙って見守る中、たったひとりで朗読を始めた。(自分を含めた)他のグループが下手な歌を歌ったり、ふざけた寸劇をしていたのとはまったく空気が違っていた。その時の恥ずかしさと自己嫌悪。その衝撃は今でも憶えている。

彼女は文芸部で、ホントに物知りで、SFとかすっごい詳しくて、私は自分が彼女と対等に話ができるレベルでないと常に恥ずかしく、緊張し、話す時はどうしても構えてしまっていた… 彼女は周囲の顔色伺ったりせず考えを口にし、またそれがユニークだったりしたし、でもだからといって孤立しているわけでもなく…私にとってひとつの理想だった。

そんな彼女から卒業してから手紙をもらった。自分は実は何も知ってなんかいない。空っぽ。××君(彼女は私のことを君付けで呼んでいた)の方がずっと分かっている。そんな内容。彼女も私のことを、私が彼女を見るように見ていたことに驚いた。

そういうのが、明治時代からの木造校舎の中で展開されていたわけで。このマンガのストーリーとは関係ないようで実は重なっている。私にとってだが。つまり、青春というやつ。当時はずっとそういう話のできる友人に飢えていて。このマンガは男女だけど。男とか女とか、そういう性を超えた、魂のつながり。

それから何十年がたって今読み返す。当時はそれですごく悩んでいて、それが全世界であったのだけど、その後心身ともにそんなもんではない苦しみや傷を経験してきた目で読み返す。失ってしまった、もう戻ることのできない透明で純粋でひたむきな美しさがそこにはあって、私にもこんな時代があったよなと懐かしく、切ない。

社会人になった頃彼女と一度電話で話したことがある。彼女は結婚し、一人息子がいると言っていた。洗濯機を回しながら本を読んでいるとも言っていた。彼女らしい…今会ったら、何を話すだろう? 会いたいような気もするし、会わないでこのままの方がいいような気もする。(だいたいどこに住んでいるかも知らないのだが)

今みたくネットも携帯もスマホもTVゲームも何もなく、時間はずっと静かにゆっくり流れていて、でも内心は焦りまくり、図書館で本を借りては読みふけり『存在』について考えたりしていた時代。頭でっかちで、実は何も知ってはおらず空回りしてた青かった時。(ホントは今だって何も知っちゃいないと思うけど)

「空の色ににている」に似ている。







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by grandma2675 | 2015-10-21 03:31 | 言葉・本・まんが